COUNTER

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エネルギー単位

単位の倍数は、キロ(103)、メガ(106)、ギガ(109)と3桁(1000倍)毎が基本になっています。
 西洋では3桁(1000倍)毎が基本になっていますが、東洋では万(104)、億(108)、兆(1012)と4桁(10000倍)毎の位が基本になっています。ちなみにエクサ(1018)は100京(けい)。
エネルギー問題を語るとき、単位が合っていない、期間係数が異なる、などの食い違いがあり、非常にわかりにくい。今のところ統一した基準はないようです。
設備能力を語る場合と、需要または供給量を語る時では単位が異なってきます。

「エネルギー単位換算」を参考にしてください。
 

調査報告

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2013/01/29

反原発運動側の原発推進論

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このテーマは複雑でわかりにくい。しかし現実にこんな奇妙なことが起こっているのです。
順を追って顛末をご紹介します。

まず議論のもととなった推進論のメールのご紹介

Subject: [josensolar:1691] 原発推進と廃炉は両立する

三宅です

原発の即時廃炉には賛成です
しかし、それは 軽水炉型の発電をこの世の中から消し去りたいと言うことです
原子力発電を止めるとは考えていません

今回の事故は人災です
全て人の作るものは一定の危険性を持っています
超大型の原子炉は爆発したら 半径300キロに被害が及びます
そんなリスクは取れません

しかし、原子力は小型化できる技術です
潜水艦に搭載されています
トリウム原子炉は小型化が可能です、さらに小さくできます
日本には原発を安全に立地させるところが無いと言いますが
それは 大型の発電所のことで、小形ならば立地は可能です
無人島も沢山あります

廃棄物が100万年も無害化できないのは事実です
10万年を100年にする開発は考えられています
時間をかければ解決できるでしょう
また、地下に埋めなくても、箱に入れて監視していれば安全です

原子力を諦めるのは早い
研究に力を入れるべきです
原爆の改良型の軽水炉は止めるべきです

地球のマグマは原子力の崩壊熱です。
原子力と共存できる筈です

次にこのメールに失望したMさんのコメント

今晩は。以前除染ソーラーについてお知らせした件なのですが、ボス「三宅氏」は小出先生の「騙されたあなたにも責任がある」の本を世界数カ国に翻訳し電子版で出版の計画もしていましたので、すっかり脱原発のかたと思っておりましたところ、このようなメールが入りビックリいたしました。私は早速脱会のメール送りました。今のところ、数名が反発、後は沈黙です。お二人のご意見伺えれば有難く、ご多忙の中こんなお願いすみません。三宅氏の経歴は知りませんが、原発に大変詳しく、その関係の元エンジニアではないかと思っています。原発は悪魔がくれたおもちゃと思っています。一部の科学者や、技術屋さんには大変魅力的なおもちゃのように思える節が見受けられます。困ったものです。小出先生は彼が推進派とは知らず、本の翻訳、出版を承諾したと思います。推進派の人が何故小出先生の本を?矛盾が拭えません。除染ソーラーの事業の為か、はたまた売名に利用しようとしているのか分かりません.いずれにしても、小出先生にお訪ねしてみねばと考えます。本は間もなく出版されるようです。
 私の彼への抗議メールも転送してみます。

最後にMさんに答える私のコメント

以下三宅氏に対する反論を書きました。

原発は小型化しようが地下に入れようが使用済み核燃料の処分の問題や高レベル廃棄物の処理の問題は残されるのです。
原子力潜水艦の小型原子炉は都市部に設置できるのでしょうか?
地下原発はどこに設置するのでしょうか?

受益者が自分たちの利益のため過疎地に負担を押し付ける構図は共生社会にはふさわしくありません。
まして後世に負担を残す行為は人間としてやるべきではないでしょう。

トリューム溶融塩炉についてもコジェネのように都市部に手軽に設置できる可能性が出てきてから言ってください。もしナトリュームが媒体であるような装置なら無理です。
いずれにしてもこれからの社会は共生や持続性・社会的包摂を求めていく方向に向かわなくてはなりません。
予測不能・計測不能・修復不能な技術、試行錯誤が出来ないような技術、弱者に一方的に負荷をかぶせる技術はダメです。

安全性の追求を徹底すればコストの面、経済性の面でも核エネルギーの優位性は失われます。
軽水炉だけが安全性に欠けるものではありません。核エネルギーは核兵器保有に道を開く危険性もあります。誰がこの危険から守ってくれるのでしょうか?誰がそのことを担保してくれるのでしょうか?

保険が掛けられないようなプラントは身の回りに置くべきではありません。世界にいまだに存在する破壊主義者から核施設を守るには莫大なお金がかかるであろうし、そんな不安を抱えながら安心して暮らせるでしょうか?
技術のことばかりでなく、社会学的、倫理的観点からも熟慮するべきです。
これが最後にはなりませんでした。まだまだ議論は続きます。

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